二ヶ月

本当に三日坊主なので二ヶ月経ってしまった。

本当はフォローしている方達の投稿のように興味分野についてつらつらと書いて楽しい記録にしたいのだけどなかなか。

今は図書館に作業をしに来ているのにやる気が出ず、やっぱり気持ちを書き出したいときは鬱気分の時らしい。

 

残念ながら?本当に鬱になってしまったようだ。親しい人と話しているときは特に感じないし、大丈夫なときは本当に大丈夫なのだがダメなときは本当にダメなので辛い。眠れるし(むしろ仮眠で昼夜逆転気味、睡眠リズムが狂っている)ご飯も調子いいときは普段通り、調子悪くてもちょっと食欲ないくらいで、好きなものは好きと思えるので先生もそこまで重くはないですが、と伝えてくれた。

今はレスタミンドグマチールを夕食後に一粒ずつ飲んでいます。喉が乾く。

初めて飲んだ翌日は久々にとても気分が軽くて、「現代医療すげー!!!」とばかりにベッドから飛び起き汚い部屋の中足場を確保して嬉しく歩いていたわけですが、二日目からは母と電話で話す回数が増えたから調子がいいのかなんなのかわからなくなり、またそこまで強い晴れ晴れとした気分も感じなかったためによくわからなくなりました。

 

どこか自分は考えることがコンプレックスになってしまっていて、それはずっと心の根底にあったものなのだけど、学科の授業が進むにつれてそれがまた顕在化して来てバランスが崩れてしまった。それと留学準備のプレッシャーやらなんやらが重なってダメになってしまったと自己分析しています。

 

時系列で思い出すと。

六月初めにはもう諦観というか、授業に出ても何も頭に入ってこない状態になっていて、本当に出席稼ぎのためだけに学校に行ってた。

六月中旬、勉強というか考えることはストレスなので学科の旅行を蹴ってしまって(キャン料高かったのに)彼氏とお寿司を食べても元気にならなくてやばいな、と思って、そこから一週間はまた地獄というか、もがいている感じで苦しくて翌週末実家に帰った。

さすがに空港に着いてから車に乗って家に帰ってしばらくは涙が止まらなかった。でも段々回復して提出するべき書類も書いてそれなりに元気になって東京に帰った。帰ってから奨学金の合宿もギリギリ出て、そんなに意識高いスーパーマンみたいな人ばっかりじゃないことに安心して普通に戻っていたと思った。

だから油断して就活のクローズド体験会に行ってしまった。社員さん自体はとてもいい人で楽しいしご飯も美味しかったしよかったのだけど、考える人や向上心のある人がやっぱり欲しいよな、ということはまざまざとわかったので、その日の夜からまたしんどくなった。どこの職場もそういう人が欲しいだろう、私はどこで生きていくんだろうと思った。単純労働なら選ばないだろうけどそんなんじゃお金稼げないオタク活動できないし、なんだかなあという感じで、モヤモヤがかかって、また苦しくてもがく感じだった。それと他の子がESを書き出していると言っていたので聞いたらやっぱり「困難を乗り越えた経験」やら「リーダーシップをとった経験」やらで昔のセレクありの意識高めのサークルに入っていた時の新歓を思い出してトラウマ的に嫌気がさした。

 

それから7月。よく覚えていない。活動できて、元気になれそうなタイミングはいくつもあるのだけどそれをことごとく潰しているようで、結局最後には気分が落ち込んでいた。考えたくないから昼から寝て生活リズムが狂った。寝れない時は目の前をコンテンツで埋めようとアマゾンビデオで仮面ライダーを永遠と見ていた。考えなくて済むから。家事類が全くできなくなって、ゴミ屋敷のような部屋に住んでいることがまたストレスになった。外で動けても帰って来たらダメになるので彼氏の家に二日ほど避難した。こんなメンヘラのどこがいいのかと思うが合鍵をくれて、本当にいい人だ。勉強頑張ってください、応援しているよ。でも結局彼氏の家でも夜苦しい旨を訴え大泣きしてしまった。

一年の冬にも感情のコントロールがしんどくなってメンタルクリニックに行ったことがあるのだけど特に異常なくカウンセリングだけで終わって、お金もカウンセリング代と初診料でかなりかかったのでそこから病院は避けていた。でも泣く私を見兼ねた彼氏含む知り合い3人に一回行ってみたほうがいいと言われたので病院に行った。そしたらあっさり鬱と言われカウンセリングも何もなく問診だけで薬が処方された。

 

正直鬱と言われたことは第三者視点で捉えてしまって、元気な時は甘えだと感じて自分が本当に鬱なのか疑わしくなる。鬱といっても非定型じゃないのか?非定型、甘え感が強くてなりたくないと思ってたからなおさら…でもダメな時は辛くて、これが甘えならなんでこんなに辛いのかと思うので病気ということにしてくれたほうがよっぽどいい。それに鬱という名前をもらってからこれはなんなのか甘えなのか性格なのかとか泥沼のような思考の渦に巻き込まれる回数は格段に減った。苦しいとか頭が動かないとかはあるけど、薬のおかげか自己卑下的な思考には陥りにくくなった。

 

まだ重くないようだし自分でもそう思うので、うまく最低限のことだけやって生きていきたい。今週末はアニメイベントだ、無理せず楽しみたい。

勉強の哲学でも読むか

読まないフラグだろう。千葉雅也、今度サイン会あるらしいけど。

 

自分の中ではかなりしっかりと準備をしなければならない発表を終えた。また明日レポートとテストが待っているが大変なものではないので、何とかなるだろう。

 

発表のためにはレジュメを作る必要があるが、私は本当にprocrastinatorなので(やめたい)発表一週間前になってようやく準備をはじめ、文系よろしく切れる授業は全部切って使える時間を全部突っ込んでレジュメを作るという本末転倒な学生生活を送った。一週間だけど。

大学に入ってからというものの学問、をしていない。テスト勉強や受験勉強はある程度対策する箇所が解るし、やったことが点数で評価されるから割と得意だ。学問、研究とでもいうのだろうか。つくづく楽しくないと思ってしまう。大学に入って、国の金でこの環境が整っているのに、もっと勉強しろよとも思うが、自分にとって大学に入って、学問が向いていないということがわかっただけでも良かったのではないかと思っている。そう思わないとやってられない。(もちろん学問以外の面ではたくさん学ぶことがあり上京して大学に入りとても良かったとは思っている)適性がわかっただけでもよかったではないか。私が楽しかった(?)のはやればやるほど正解できる受験勉強で会って、学問とは違うのだ。後期課程に入ってからひしひしと感じている。コレクション型、そうだと思う。一般教養の講義を重ねて知識を増やす方が好きだ。それに対して考察しようとか、突っ込みを入れようとか、あんまり思えない。そこまで強い何か信念を持つような性格でもないし。私は、知ることがゴールで、いい。

レジュメを作りながら人文系の研究の時間のかかり具合を改めて実感し、理系もそうだから研究費が大変なんだろうなとガチガチの文系の私はやっと思いをはせることができた。でもこんなに時間がかかるもの、私はやってられないと思った。せめてもう少し短くないとモチベーションが持たない。

 

テレビに出ている東大生は、「勉強しかしてこなかったんで~」と自らのコミュ障ぶりやダサさに対して言い訳していることが多い。今までの私は、自分が中高大と受験を繰り返して基本的に勉強をたくさんして大学に入ったので、そればかりしていたせいで女の子らしくヘアアレンジができないとか、そういう意味で彼らにとても共感していた。高校の時友達に休日何してる?と聞いたらYouTubeで編み込みの動画見て練習してた~って返事されて本当に驚いた記憶がある。勉強しなくていいの?そんな時間の使い方があるの?と思った。あと数年前のドラマ見直してる、とか。今してるドラマを見るならわかるけど数年前のドラマ見直すか?そんな風に時間を使うことができるんだ、と。純粋に思った。私はその間基本的に塾にいた。

でも同時に、私はこれから勉強しかしてないなんてとても言えない。東大生、教養があってよいというプラスのイメージにもそぐえないと思う。

つまり、東大生に対する

-「ダサい、自分たちとは住む世界が違う、頭でっかちな人」

+「すごい、とても教養がある、強い学問分野(専攻)がある」

どちらのイメージにもそぐわないし、なんならダサい(服装は普通なのでおしゃれではないくらいで許してほしい。キラキラ女子大生の横に並ぶとそりゃダサいし髪とかはできないけど、、ダサいのか。)くらいしか当てはまらない。

ダブルバインドというか。使い方違うか?

どちらにしても大学の所属を肩書にして生きていくことはプレッシャーになる。

 

そういえば前、サークルで代表のポジションにいた時に、仕事を振りまくっていたし、そこまで自分の時間をサークルに割いていたわけでもなかったから、代表というのは自分からそこまで言わないようにしていた。「代表やってるんだよ~!」と友達に紹介されても、「いやいや…」という感じで濁していた。

けれど何かで見たけれど、例えば会社の部長とか、「長」のポジションについている人が、自分の肩書を自信を持って言えないのは、それは責任から逃れていることになるらしい。自分はそれにひどく納得した。代表の座を全うしようという気概がないのだと思う。それは大学の、+の方に対する抵抗感にも同じく当てはまると感じた。

 

レジュメ作成のために明治大正期の文章を読んでいたのでつられて「ひどく」とか文体が変になっている。

 

レポートを書きます。

初めての記事なんていつでも上書きできるし適当に書く

かぎさ

大学3年。21歳になりたくないです。

なんとなくアートに興味があるという理由で人文系に来てしまいましたが、恐ろしく向いてないので社学とか実学っぽいことやってた方が良かったんじゃないかと思う。

 

気分の上下がわりと激しい方だけど特に鬱持ちとかではないです。これでもかというほどに寝れる。寝るの超得意。あとストレスでドカ食いする。昔多分腹鳴恐怖だった。今も図書館の静かすぎる環境とか好きではないですがそれくらいです。

でも落ち込むとうっとうしいので本当に少ない恋愛経験の中昔「メンヘラは無理」という理由で切られたことがありメンタルヘルス系の記事はちょくちょく読みます。トラウマになってるんだろうか。たまにつられて気分が下がることがあるのでやめた方が良いと思う。

 

私はSNSが大好きで、それは田舎育ちの私が周囲の人を同目線で見ていなかった今から考えると本当に生意気なクソガキだったからなのですが、特にツイッターは中2からアカウントを替えつつ8年ほど続いているのでとても愛着を持っています。特に日本語のねじれは気にせず思ったことをダダ漏れさせているだけなので本当に人文か?と目くじらをたてないでください。

だいたいツイッターでは、元気があるときは情報速いし助かるし、趣味垢は心が安定しているんですけど、ヲチ癖があるというか、見ても特に書き込んだり叩いたりしないんですけど見ちゃいますね。夜職の人のTLを見ては人は何を言っても否定されるし根拠を求められるし言い合いになるし、言い合いに弱い私は何言ってもダメだろうな~と思い自己嫌悪になり鬱になります。本当にやめた方が良いよ(笑)。で構ってほしさもあって気分下がってることをつぶやくんですけどこれは周囲から見たらマジうざいだろうなと思いツイ消しを繰り返す毎日です。美容垢とかメンヘラ系もこっちに持ってかれやすい。FRを幾度となく繰り返しつつ一週間に一回はこのバカげたサイクルに陥ってて自己マネジメントのできなさによく大学受験ができたなとびっくりしています。家族の存在は大きいですね、家族仲は良いので帰れる場所があることは本当に救いです。ところでこのサイクルがひどかったのでこの前無料カウンセリングに行ったらツイッターで考え事をするな140字でまとまるわけがないだろノートにでも書いて深化させろと言われたのでブログにすることにしました。

 

というか何かを猛烈に発信したいときって私は落ち込んでいるときなんですよ。自分語り好きだし。文化全般それなりに興味があるのでライブやら映画やらたまに見るのですが特に感想を持たずにさらっと見終わってしまうんですね~。っていうツイート前にしたんですけど、ツイート引用ってどうやるんですか?はてブでよく見るんですけど。めんどくさいのでいいです。今はさっきまでまた落ち込み入りかけだったので考えてることをそのままキーボード媒体で打ち込むことが大事です。だいぶ心が無になってきました。

 

そしてだいたいこういう気分が下がるときって、何かやらないといけないのにツイッター見ててああ…って後回しになってるんで余計に最悪です。特に何か予定が無ければ潔くアニメ見たりできるんだけど、ちょっとツイッター~からの時間の無駄加減は本当にやばい。これだから私は本も読まなければ見てるアニメも少ないんですね。その代り超TL貼りついたりしてるんですね。無意味だよ!

 

私はコレクション型の人間だと思ってたので、大学入ってからしばらくしてもう何も生み出すことができないし文章も書けねえわと思ってたんですがなんか書いてみるととりあえず打ち込むことはできるみたいでびっくりしています。そのうち趣味のこととかも書こうと思います。ちなみに落ち込みの波が来るたびにブログ開設しては失敗していて別サービスでこれが三度目です。次は続くかな!?

 

上にも述べたようにまさにやることが差し迫っています。今ならできそうだ。おわり