言語とオタク

さっきwikiでときめき案件に出会った。

 

敬称 - Wikipedia

 

というのも授業で枢機卿について触れたからで、枢機卿って何、、となって調べたら「猊下」という敬称にたどり着きレアすぎん!?となって飛んだらたくさんの「下」がつく接尾形の敬称が掲載されているページが出てきた。こういう無駄知識を蓄積するのが好きだ。めちゃめちゃいいページ。英語版のページだとこういう敬称がざっくり削除されてて敬語についての説明しかされてなかったので、ええ書き直したろか?と思ったけどそこまでする労力もなく。南無。

 

ここで私は小学生だった時の楽しさを思い出す。

思えば昔からオタクっぽかったんだと思う。漢字そのものが部首の漢字ってたくさん存在するんだけど、(口、耳…とか)それを漢和辞典を読み込んで書き抜いていくっていうのを小学校の時やっていて楽しかった。*1今でも覚えている衝撃は「鼓」です。あとその部首に一つしか属さない部首とか。これも「鼓」です。*2

 

今振り返ってまたwikiで調べてるんだけど、歯とか鼎とかいろいろ出てきてそうそう!ってなってとても嬉しい。昔好きだったものを発掘して見てるみたい。

これをやっててよかったことは父が回転寿司屋で頼んだ酒のラベルに書いてある「甕」が読めたことくらいです。

 

あとは、日本語は名詞の数え方が変で、例えばタンスは1竿2竿って数えるし、羊羹も竿。こういうのが好きでいつぞやのクリスマスプレゼントに「数え方の辞典」をリクエストして来たので読んでた。また読み返したいなあ。

 

それと都道府県のマークが無駄に当てられます。

今思うと収集家なところは昔からなんですね。三つ子の魂百まで。

*1:調べたら漢検対策でこれをする人も多いみたいですね、私は漢検未受験なのでこんな物好きなことする人はそんなにいないと思ってました…

*2:今調べたところJIS第二水準だと))))

kanjitisiki.com

があるみたい…

いいこと

最近は精神が安定してたのでさっきまで更新してなかったから、最近のいいことを思い出す。なんの根本的解決にもなってないけど。

 

・友達がみんな帰国したけど新しくできた

大抵の留学生は一学期だけ交換留学してるみたいで、3人いた友達3人共帰った。1人は一年いるはずだったんだけど母親が亡くなって、大学のカウセがクソだったらしくて帰国してた。彼女は前に触れたエシカルヴィーガンで強めのフェミニストで、不眠気味だったし、ゆえにアメリカ人だけど少しダウナーで友達もそんなに多くなくて常に気を張ってそうだから鬱にやられそうな感じはする。

1人は日本大好きベトナムオーストラリア人、国を超えてこんなにも仲良くできる子が!と思ったけど旅行したらやっぱ気が強くてきつかった 後1人は清華大の子、今は北京に住んでるけどよくよく聞くとウルムチ出身…?とかなんとか言ってた。ウルムチから清華って相当すごいと思うんだけど…?この子も気が強かった。

前者2人と仲良くしていたその子と同じ寮に住んでいるイギリス人の女の子が、私にとっての友達がつまりその子の友達も帰国してしまったので、週一回一緒に晩御飯を作ろうと持ちかけてくれた。

ちなみにその子と1人目のアメリカ人が仲良くなったのは、その子が乳製品アレルギーでアメリカ人がヴィーガンなので、一緒に晩御飯を作ろうとアメリカ人が誘ったことだったらしい。入学して一瞬間で、まじ帰りたい、大学まじだるい…とズルズル歩いてたところに廊下で言われて、

英「いや私食べ物はちょっと色々めんどくさいところあるから…」

米「いやいいよ、クリームソースのパスタ作ろうと思うんだけど」

英「私乳製品ダメなんだよね…」

米「ああ!私ヴィーガンだから豆乳だよ、気にしないで」

かわいらしい話だ。

 

英ちゃんは他の入寮者と同じく一年生だったので、18だと思っていたら、実は高校卒業して働いてから入学したみたいで、私と同じ21だった。私の寮も一年生しかいないからわかるけど、クラブとか毎週のように一年生は行ってて、うきゃきゃきゃきゃー!って感じで、ちょっとついていけないのだ。同じ寮の人達に対していまだに自己開示してない感あるし、出るまでしないと思う。後学科の友達もいない。留学生が来る前にコミュニティが出来上がってた感じしたし、みんな高校生みたいだから…。彼女も学科に友達がいないみたいで、唯一の友達が米ちゃんだったみたいなので、はみ出もの同士うまい具合に友達になることができた。

 

後、日本人のサークルが、外国人対象に書道ワークショップするとFBに書いてあったので、私は書道部部長だったので、無双しにいくかと思って参加したらお話しできる人が2人できた。日本人のサークルのいつめんになるのはめんどくさいのでやめた。日本ご学習者の日本語、味わいがあって良いです。

 

・ダイエットを始めた

アップルアカウントが復活したので、写真の整理などしていたところ、昔の写真が出てきた。顔の丸みが違うので愕然とした。後ちょうどその時ぺこが(ぺことりゅうちぇるのぺこ)ダイエットについてなんかインスタで言ってて、ぺこが最高に太ってた時の足が今の自分の足やん、下半身太り最悪、確かに最近スキニーがきつくなった…と思い初めてダイエットを実行に移すことにした。三日坊主をやめる!

糖質、なんだかんだでとってしまってたのをまた減らして、毎日むくまないようにマッサージして寝てる。ふくらはぎに筋肉がなくて超むくむ…。あとは勉強する時足に本挟んだりとか。今までダイエットできたことないので、それだけでも私頑張ってる!と感じられて良い。

これは不健康な理由とかじゃなくて、やっぱり痩せてた方が、目が大きく見えて可愛く見えるんだよ…と個人的には思うので。ガリガリにはならないし慣れないと思うので健康的に今より痩せたいです。

VSレポート戦

レポートが嫌いすぎる。

留学生用に大学が英語のwritingクラスを開講してくれてて、毎週通ってる。今までは講義だったからよかったんだけど今日は実際に短い文献まとめたもの渡すから参考にして250wordsくらい書いてみよ〜!という実践型だった。

 

250wordsといえばイギリス英語圏?留学生おなじみIELTS writingの Part2で課されるワード数と同じなので、参考文献もあるし、discuss形式で出題されるのも慣れてるし、流石に今回はフリーズしないだろうと思って。

 

でもうまく行かず、、discussに持っていくのが難しい内容だったと個人的には思ってるんだけど、そんなに深く考えなくてもよかったのかなあ。頭フリーズして、いつものessay書くみたいにあーこれ頭動かないやつ、となって涙が出てきてそのままトイレにこもって一時間くらい泣き続けました…(授業は二時間なのでその後戻ってボロボロのまま最後まで一応でた)人前でこんなにボロボロ泣けるの、泣けない人には泣けていいとか言われるんだけどなんのデトックスにもならないし自分の感情コントロールのできなさにまた涙が出る。帰り際に鈍感な日本人に「途中消えてたね(笑)どしたの?大丈夫?」と聞かれて「議論って言葉がトラウマなので…」とかめちゃくちゃ返して逃げ去ってしまったし、いらん情報を与えたことに対しても幻滅、無視して帰ればよかった…大丈夫じゃない人に大丈夫?って聞くのどうなんと思うんですけど、どうなんでしょう…

 

レポートとか、いろんな計画書とか、苦手。情報収集は得意なんだけどそこから組み立てるのが壊滅的で、しかもそこから反対意見を書いてそれを乗り越えて自分の結論までたどり着かないといけないっていうのが、道のりが遠すぎる…(ストレングスファインダー  収集家気質参考)

大学の授業も講義の方が好きだし、知ることで満足するタイプなので大学教育において私は価値がない人間だよな〜というのは常々。

議論が重視される(?)ような意識が高いと言われがちなサークル(外国の学生と議論して見聞を広めよう!みたいな国際交流、その議論の場を運営するためにさらに日本人との話し合いが求められますね)に大学入ってすぐ一年間どっぷり浸かっていて、いやほんと私の大学一年はそこに費やされていたんだけど、そこでの自分のできなさぶりに気づいたのがはじめだった気がする。

人の意見でも何でもかんでも鵜呑みにしがちなので、情報を得るときに気をつけてはいるんだけど、ただそれが「んーそれはちょっと違うけどあなたはそうなのね」みたいなレベルで終わってしまい、それをねじ伏せて自分の正しさを主張するみたいなことはしてこなかったわけ。何も話し合いの場で言えない、いうことがない…。

批判的思考が弱いと思うんだよね…これが私が批判的思考ができないっていう思い込みに発展してて。これは受験期に数学ができない…って一時期数学の問題見ただけで涙が出るみたいになってたのと同じで、乗り越えないといけないと思うんだけど…(これは幸い良い先生に出会って乗り越えた)

これが思想系の学科に進んでできないなってなったのも鬱の一因な気がすんだよね

 

レポートを書くときも同じで。まあそんなの自分の意見じゃなくていいんだけど、それでも意見をでっち上げて書いていくっていうのが。調べて材料は揃ってるんだけどそこから言いたいことを作り上げるっていうのができない。構造作って、そっから書くんだよ〜っていうのが無理。たとえ反論を超薄っぺらいものにして構造がかけたとしても文章にしてみるといつも短すぎる。昔は文章書くのも好きだったはずなんだけど、自分の言葉に全く自信持てなくなった。

で、レポート書くたびにめちゃめちゃ苦痛で、泣きながらでも学費払ってるし最終学歴高卒は不安すぎるってなるので卒業するためにゴミみたいな文章を提出だけして可をもらいズルズルと生き延びているわけ。留学先でも同じ。先学期のレポート3本、順に52,51,48点で返却…

書くたびに割り切ろうと思って割り切れず毎回泣きまくり、喉元過ぎれば暑さを忘れるを繰り返してたんだけど、流石に今回授業から退出してしまったのでいつまでも逃げているわけにはいかないよなあと思った。

 

discuss て文字を見ながら、ああ、議論か、できないなー、批判的思考が弱い、ここでの価値がない、また書けない、英語力以前の問題、でも先生に相談しようとも英語で相談するハードルが高い、あーやばい、書けない、考えられない、ここから前に進まない、でも私センター試験も入試も乗り越えてきたから論理的に考えられないってわけじゃないよね、IELTSも書いてきたよ同じ分量同じような文章、書ける書ける、(ここで一呼吸置いて書けたときのことを思い出すような考え方できるようになったのは進歩)いやいつまで過去にすがりついてんの(ともなる)、いや書けない、あーだめだ、逃げてばっかじゃダメだよ書けるようにならないよ、俯瞰して、ただの課題じゃん、こんなの大学以外では求められないよ、でも大学をドロップアウトする勇気がない私にとっては目の前の大学生活が全てなのだ。

 

はい無理ー退出します〜

 

レポート書けない 大学生 とかで調べてもなんか論点が違うというか…。批判的思考 できない で出てくるのが話すときの型を作る!とかでいや書く時の型を知った上でこれなんやけどと思って批判的思考できない 死にたいで検索しても誰も死にたいと思ってない!なんで!ある程度の大学入ったらこういう悩みを持つ人が学年に50人くらいいてもいいじゃん!と思いつつ、こういう人はみんなアウトプット苦手なので何も変わらないのかなとも思った。

レポートが書けない学生のために穴埋めレポートを課した教授の話とか出てきて、穴うめとか、そういうのはできるんだよ… 日本式義務教育に適した頭をしているので。

 

これ一回退出してしまうと退出してしまったっていう事実が残るから、来週は平穏に最後まで出席できるかなあっていうのが不安。日本に帰ってから学校行けるかなっていうのにもなんの関連性もないけど漠然とした不安。ああやっぱりまとまりがない思考がそのままの文章になっちゃった。多分このままいくと私はなんとかこの不安を表面に持って来ずに生活を続けることはできる。でもこのままでいいのかわかんない。改善策もよくわかんない。日頃からレポート形式の文章を書くとかしないといけないんだろうか…

たたり目

クレカの不正請求にあった。2ヶ月ぶり2回目。弱る。

前回はデビットがやられた。旅行に行く前日に発覚した。

今回はクレカ。しかも、3Dセキュアだから、ネットショッピングとかだと二段階パス入れないと使えないやつ。カードのセキュリティとしては強いと思っていたし、寮費とか大きな買い物に利用する一番大事なカード。ただしアマゾンでの利用とかスマホからの課金とかでは二段階経由しないで使えるみたい。調べたら同様の取引先から不正請求された人のブログが出てきました。返金はされるけど、気持ち悪い。

 

手続き

①不正利用発覚

②カード停止

③カード再発行・緊急カードの発行(10800円)

 

不正利用だとわかったら次にセキュリティのためにクレカを使用停止にするのですが、海外生活で日本で発行したクレカを止めると大変です。特に私のように一年間で帰国することが決まっているような場合、口座を開設せず(本当にめんどくさいので)クレカでキャッシングして生活している人も多いと思います。なので止まると本当にお金が使えなくなる。カスタマーセンターには時差を計算して電話しないといけないし(今朝7時に電話がかかってきた)、国際電話だし、再発行で送付できるのは日本国内だけだし。本人確認と安全の観点から電話でしか手続きできないのはわかるんだけど、わかるんだけどメールとかどうにか全世界で行いやすい手続きの仕方を誰か作ってくれないだろうか。再発行したクレカを送ってもらうのも心配なので、基本的に一枚減ったまま生活して行く必要がある。

前回はデビットだったので特に緊急対応はなかったけど、今回はしっかりしたクレカだったので緊急カード(1ヶ月間)を発行してもらうことができた。ちょうど1ヶ月後に家族が私を訪ねて初の海外旅行に来るので、そこで国内再発行されて実家に届けられた新しいカードを持ってきてもらえますが、それがなければ、本当に危なかった。ていうか、忘れる可能性もあるっちゃある…

でもその緊急カードも危うくて、住所を電話で確認してしっかり伝えたはずなのに、住所が不明瞭だから配達できなかった、追跡ついてるから再配達を頼むように自分で配達会社に頼んでくれと言われて、えぇ…となっていたら届くし。なんだったんだ。

 

持ってきた2/3枚のカードがやられたので、凹む。生き残りの一枚は旅行用デビットなのでネット決済に利用できず、鉄道のチケット等ネット購入が推奨なので(田舎なのでロンドンに出る際など)緊急カードは10800円かかっても必要でした。

 

こんな短期で二度やられるとは。キャッシュレス社会の実現に反対しています……

 

それで安全のためにと色々なパスワードを変えた訳ですが、そこでまた落とし穴。

一年で帰るので、日本で利用していた携帯番号を使わずに保存しておく(凍結してるようなもん)サービスを利用して、こちらでは現地のSIMを差し替えてスマホを使ってます。するとイギリスの番号が手に入る。iphoneの設定から電話番号を更新しろしろと通知が来ていたんだけど、いざしようとするとややこしそうだったので、更新をおろそかにしていたことを忘れていて、そのままappleのパスを変えてしまった。

すると、2ファクタ認証を使っているので、最初のパスを入力した後に送られて来る一時的なパスワードがSMSに届かず(日本の電話番号は凍結してあるが、それしか登録していないので、その番号に送られる)、ログインできない。兎にも角にも電話番号がないと何もできない。多国籍企業〜〜電話番号じゃない何かを導入して〜(してそうだけど私が知らないだけな気がします)結局アカウント復旧しか手立てがなさそうで、支払い用に登録していたクレカはさっき利用停止になったので本人確認できる要素がさらに減って復旧までに相当時間がかかりそう。あの〜、iCloudにログインできないんですけど〜。アップルミュージックでDLしたもの何も聞けないんですけど、てかほとんどなんですけど。自業自得なのでもうやりきれない……。クラウド、バックアップ体制としてはどこからでもアクセスできるし一番いいんじゃん?と思ってたけど人間自体がポンコツだと最良もクソもないです。

 

あと奨学金の申請がうまくいかず全額返金の可能性もなきにしもあらず。早く返事をください。またこれがイギリスの機関と日本の機関、と私を通して4重くらいのやり取りをしているので、中間管理職って大変なんだろうなと思いました…。しかも私が英語でメールを書いて、英語力が足りす先方を混乱させ、危ういことになっているので…

 

ということでこの3日間心のどっかに懸念事項が石みたいに居座っていて、重い。眠り浅い。きつい… ただクレカの件が緊急カード届いて一件落着したのでとりあえず全部吐くとはてなにかけたのはよかった。 いつもみたいにブワーってくる自己嫌悪じゃなくて、重みがずーっとある感じで、ツイッターする気力も無くなって(距離の近い人のつぶやきも見る気力がなくなった)メインで利用してたアカウント消して情報ROMだけしてる。授業にズルズルすごく頑張って体引きずって行って授業後はベッドに倒れ込んでいた。 天気も良くない。こういう時、あ、やべ、鬱だった時…となりそうになるんだけど、まあこういう時もあるよねと巨視眼的に見れるようにならないと、帰国して就活なんてできないよなあと反省……。明日ちょうどemotional resillienceのワークショップに参加申し込んでいた数週前の自分、GJなので、転換点になるといいなあ。

 

 

今見たらアカウント復旧の「準備」完了が6日後で、そこからまた復旧の手続きしないといけないみたい…

Loving Vincent

lovingvincent.com

 

今さっき見て来ました。邦題「ゴッホ最期の手紙」

う〜〜〜〜ん!邦題役するときのなんとも言えない歯がゆさが出ている感じ、、

英語版字幕なし(イギリスなので当たり前だ)。私の英語力ではところどころ理解しきれず、、まあ映画の場面転換とかについていくのがあまり得意ではない人間なので日本語でも全て理解できたん?と考えると微妙だけど英語よりは理解できたでしょうね。しかし良かったと思える映画でした。

 

ゴッホの自殺を巡る物語ということで、美術史かじりとしては見なければならないと思い。しかも世界各国からアーティストを募って、ゴッホ風のタッチの油絵をつなぎ合わせて制作されている、と聞いて。手作業で!?びっくりです。

 


BBC piece about Loving Vincent, the world’s first fully painted feature film,

 

このドキュメンタリーが制作過程がわかりやすかったです。

 

あまりこういう感想を書くことが得意ではないです。それぞれのシーンで思ったことがあるはずなのに映画館で映画見てるとメモったりとかできないし。なんかについて書くなら複数回、はじめ止めずに、次要所要所で止めて…って見てやりたい。でもできないのでわーっとメモ書きます。

私もたまにダウナーなときに落書きするのとか、対人のコミュニケーションをかなり人を選ぶところとか、近視眼的なところとかが、程度は違うけど要素としては持っているものがあって、感情移入がものすごかった。この映画で最も注目すべき点は画面構成なんだろうけど画面の芸術性とは全く関係ないところでボロボロ泣きました。

 

ゴッホ、人を目の前にした言語による感情表現が苦手で、でも感受性が強く、いろんなことを感じて考えてしまうので、テオにたくさんたくさん手紙を書くんだと思うんです。自閉の傾向があるのかなあ、と思わせるような。

私は特に精神的な問題を抱えたことは(軽度の鬱以外)ないけれど、気持ちに波がある人間だから、彼にとても感情移入してしまってしんどかった。特に病院に通う、とかでなくても、生きづらいと思ったことがある人なら、視野が狭くなって、わーって、自分をぐちゃぐちゃにしてやりたいと思って、我に帰るとか(帰れないこともあるけど)、自分のモヤモヤした感情を言語化したくて、友人やカウンセラーや家族の前で躊躇したりうまい言葉が見つけられなかったりしてずっと海の中でもがくような感じだったりする経験があるかと思う。で一生ツイッターの鍵垢に悶々と投稿し続けるわけ…。

(こういうのがないひとに「ま〜私はないわ、はっはっは」とされてしんどかったです、例の旅行の彼女…)

 

例えばゴッホが耳を切ったとき。どうしようもなくて。どうしたらいいかわからないけど頭の中の思考が止まらなくて。例えばゴッホが自分を撃って、ふらふらになって、手についた血を見たとき。ああ、何してるんだろうって思ったと思うんですよ。それで、「自分がいなくなったらみんなにとっていい」みたいなことを言う。これ自殺したいと思ったことある人共感できるんじゃないかなあ。

 

エンディングロールでゴッホや周りの人の言葉が流れるんだけどそれがまた苦しかった。

He felt everything, poor Vincent, 

貧しい彼に画材を工面していたタンギー爺さんの言葉。なんと言うか感受性強めの身として勝手にガンガンに感情移入してしまった…。(ゴッホなんかと比べんなよと言う話)映画の中で別の女性が'Nothing in life is too humble for Vincent'みたいなことを言っていて。世の中の普通の人には感じられない世界がその人にはあって、普通の人からは見向きもされないだろうけどたまにタンギー爺さんみたいに見てくれる人がいる。それは祝福すべきことなのだろうか。poor、とタンギー爺さんは言った。結局それが現実なんじゃないの。天才は羨むべき存在だろうか?何かの分野において突出している人間を羨むことは珍しくないけれど、私はその裏にあるその人しかわからない苦悩を察して勝手に羨むことはできないなあと思う。

 

I want to touch people with my art. I want them to say 'he feels deeply, he feels tenderly' 

これはゴッホ本人の言葉で、エンディングロールの一番最後に流れるんだけど。なんて悲痛なんだろう。どうしたってこの世界は言葉偏重主義だ。人を目の前にして、うまくコミニュケーションできない人間が、自分が魂を削って書いた絵で、私はこう思っているんだよって伝えたいことを、これほどまでに正直に表現できるのかと思った。打ちながらボロボロ泣けてくる。 

 

I am seeking, I am striving, I am in it with all my heart. 

 これはゴッホ本人の言葉だけどエンディングロールにはない。調べたら出てきたので。

自分の本心とやるべきことを割り切ってできる人は強いなあと思う。いろんなことを引きずって、感受性と引き換えに感じ入りやすく、もがくようにして生きている人は、自分の気持ちに正直でないといけない割合がそうでない人よりも高いように思う。自分の気持ちそのままで、ボロボロになりながら生きたゴッホの生き様はこの言葉に集約されているように思う。これはグラデーションの問題だとは思うけど、どちらかというとそっち側にいる人たち(私を含め)に、良い未来はあるのかなあ。

ストレングスファインダー

StrengthsFinder 2.0やりました。

www.gallup.com

できることとできないことの凸凹な性格、なんとなく掴めてはいるんだけど可視化したい、と思ったので、周りも就活とかで使ってるし、やってみてもいいかなと思いました。というか受けた当時(3日前)はPMSかなんの影響かわからないけど超ダウナーな気分になっていたので、性格診断を受けたい…!!!という気持ちがすごくてやったのが本音。☆大事なポイントとして性格診断ではないです。こういう資質があるので、働く/生きる上で伸ばして、自分の強みにできるよっていうのを、あくまで簡単なテストに基づいて表示しているだけのこと…と理解しました、診断結果に飲み込まれないように(自戒)

 

本来は「さあ、才能に目覚めよう」電子書籍版を購入して*1TOP5の資質だけ(¥2000弱だったか…?)調べようと思ってたんだけど決済画面に進んだところ、

f:id:kssg3:20180204005628j:image

2018新春割引〜!みたいなので全34資質の順番を調べるのが$89から$50に割引されていたので$50課金してしまいました。始める前にいろんなブログやHPを巡回したんだけど、34やった人は全員「1万円弱課金して〜」って書いていて、こんな割引率は見たことがなく、まんまと払ってしまった。スピとかマルチに引っかからないように気をつけたいまじで…

 

英語のテストを日本語に訳しているので、たまに問題文がよくわからんみたいな記事を見て日本語と英語どちらで受けるか迷ったけど、各問に対しての回答時間が20秒で、本能的に理解できることを優先した結果日本語で受けることになった。

こういう日本語英語どっちを使うか問題、例えば海外旅行の観光地のイヤホンガイドの言語どれを選ぶかとかにも関わってくるんだけど、その時はガイドが日本語であることによって伝わらなかった情報と、自分の英語理解力が及ばなくて理解できなかった情報、情報の伝達の齟齬や抜けがどちらが大きいかで判断しています。

 

問題はとても当てはまる、まあ当てはまる、とかから五択で選んで行く感じ。例えば

(インドア)1ー5(アウトドア)から当てはまる数字を選ぶ

なんだけどたまに二項対立じゃなくね?って時があってこれはどちらでもないを選ぶのでええの?って時があって、自然と日本語の選択肢から元の英語を考えてしまう場面もあった。例えば

目玉焼きはどっち派?

(ソース)1ー5(醤油) えっ、塩こしょうは…?じゃあどちらでもない、3?

みたいな。(これは訳の段階で齟齬が生じるとは思えない例だけどうまく思いつかず)

 

で、ちょこちょこ質問に答えていったところ、結果が出ました。

別に私の結果はどうでもええやろということで続きを読むにしていますが

自分の凸凹具合を、要素を可視化して理解できる点は課金してよかったなーと思いました。こういうとこで、無理しすぎずに調整して働くのが良いのか?というのが、前までは0だったけど5mmくらいわかった。

ただ問題文の粗雑さ?もあったので、まあそれが逆に鵜呑みにしすぎない引っかかりになっていいかなというところ。

*1:amazon.jpにはkindle版は存在しないが、gallup社でテストコードを購入すると電子書籍つきで、英語版のみって書いてあるけど日本語版の「さあ、〜」と同じものがkindle形式でDLできる

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エキセントリック

文化について思ったこと まとめ

 

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美術やりにきたんだけど、興味対象が印象派以降の近代、あるいは現代アートとかキリスト教が薄まって来た時だった(だからと言ってキリスト教の知識がいらないわけでは全くない)ので、今必修で古典〜ルネサンスの薄い概論をやってもキリスト教がわかんないっていう致命的な問題が発生していて本当にわかんない。

①まず専門用語がわかんない。絵はちょこちょこ見て来たから英語のキャプションもちょこちょこ見て来たから超有名なcrucifictionとかannunciationとかの単語はわかるんだけど今日apostleが使徒って12人って言われるまで推測できなかった。

②attributeがわかんない。これは覚えます、、、

③日本語のカタカナがいろんな言語から輸入されてるから英語で聞いてもわかんない。例えば福音書にマタイってあるけど、あれ英語だとmatthewになって、頭の中で一発でリンクしない。どうにかしてくれ。

総結論 勉強します…

 

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そういえば、キャンパスでは日本にいる時よりオリエンタルな柄のものを持っている人を多く見かける。チチカカで売ってるみたいなやつ。それってやっぱり、日本人がリバティとか西洋柄に憧れるように、また西洋の人は自分達にないものに惹かれるんだろうか。

 

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日本の芸術について学んだよと言われて、今まで具体的に聞いたのが

・縛り

アラーキー

・歌舞伎

・浮世絵→これのみ版画の授業であつかった

暗黒舞踏

だったんだけど、あまりにアングラ系が多いような気がして、日本の特異性というか、エキセントリックなところにやっぱり目がいくのかと。でも日本の芸術全てが全てアングラキッチュってわけでもなくない、、っていうか、日本国内で主流とされていない、どっちかっていうと異端なものについてがやっぱり海外ウケがいいんだろうか。こういうとロリータの西洋逆輸入とかにもいえてるのかな。

 

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思想を表明している人が存在する。友人にヴィーガンベジタリアン+酪農製品などすべての動物性食品取らない)かつフェミニストがいるんだけど、それを表明し従うことは日本においては容易ではない。日本でやると他人と違うし、まあ違うものは叩かれるし、フェミは逆差別だって叩かれる割合も西洋より高い気がする。(女性だけの国問題で論旨に外れた議論が加速していることからも)自分の信念にしたがっている姿は、強く美しいなあと思う。

 

ヴィーガンの友人は初めて持った。こちらでは食品を買う際にsuitable for vegetariansって表示がされてることがあるみたいに食の選択肢がある人が存在することが認められているなあと思うのだけど、見てるとポテチとかにも書いてあって、炭水化物多くてタンパク質取るの大変だし、健康のためにしてるのではないことが多そう。それよりも環境的配慮や動物への倫理的配慮から行なっていることが大半なのかなと実感ベースでの理解を得た。ヴィーガニズムwikiから引用っていうなんともいえないことをすると

ヴィーガニズムへの移行[編集]

photograph
 
1931年、全英ベジタリアン協会の会合にて。中央にいる白衣の男性がマハトマ・ガンジーで、彼の右側に座っているのがヘンリー・ソルト。[19]

健康上の理由と言うよりむしろ倫理的観点から菜食主義を実践してきた者たちは、動物の利用そのものを避けようという議論を始めた。 全米ベジタリアン協会の1851年の会誌には皮革に代わる靴の素材についての議論が掲載された[20]

1886年イングランドの運動家ヘンリー・ソルトが執筆した A Plea for Vegetarianismが出版され、その中で菜食主義は倫理上避けられないことだと主張した。のちにソルトは動物福祉から動物の権利パラダイム・シフトした最初の人間の一人として知られるようになった[21]。彼の著作はマハトマ・ガンジーにも影響を与え、二人は親しくなった[19]。 1910年英国史上初のヴィーガン向け料理本となるNo Animal Food: Two Essays and 100 Recipes(Rupert H. Wheldon著)が出版された[22] 。 歴史家(1944-1999) リア・レネンマンは1901年から1912年の間、協会の大多数が卵や乳製品に対する見解を同じくしていたとを記している。当時のある会員は「屠殺する分の雄鶏数羽いなければ卵は手に入りません」と見解を述べている[23]。 結局協会内で解決策が見いだされることはなかったが、1923年に「動物製品を避けるという姿勢は理想的なベジタリアンの姿勢である」という内容の記事が掲載された[24]

1931年11月にロンドンでベジタリアン協会の会合にソルトを含む約500人が参加し、マハトマ・ガンジーが "The Moral Basis of Vegetarianism"という題で、人類の健康を守るほかにも、倫理的観念から菜食(肉のない食事)を勧めるのが、協会の使命であることを語った[25]ガンジーはロンドン留学当時のベジタリアンが食と病のことばかりを話題にしていたとし、次のように語った。

「健康上の理由から菜食を実践することは、一番ひどい方法です。病苦など、つまり単純に健康上の理由から菜食主義を実践する人はたいてい失敗することにわたしは気づきました。菜食主義を貫くには、倫理的な原理が必要なのです。」 [26]

ヴィーガンかつフェミだと、フェミニストは牛乳飲めるか問題にもまあ矛盾なく立ち向かえるのか?多分彼女はエシカルヴィーガンなので、動物実験してる化粧品ブランド(MACなど)を利用せずLUSHのスキンケアばかり使っている。そういえば棚にはちみつじゃなくてメープルシロップがあったからん?と思ったのを思い出した。あれもそうだったのか。